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大谷有花 / ART BLOG
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カテゴリ:対話のかたち( 12 )
読売新聞社の相模原支局長・金成真也さんに逆取材
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先日、読売新聞社の相模原支局長・金成真也さんに取材を受けた内容は、5月10日(木)付の読売新聞・朝刊 「横浜版」と「相模原版」の32面<文化を語る>という特集記事で紹介されました。横浜や相模原にお住まい・お勤めの方以外は、ご覧いただけなかったと思いますので、こちらをぜひチェックしてみて下さい。取材の当日は、初対面だったのですが、私から金成さんにも、新聞記者のことや相模原市のことなどについて、逆取材をさせていただきました。

小学校の卒業文集で、記者になりたいと宣言したほどの筋金入りの新聞記者である金成さんは、北海道のご出身。相模原に赴任される前は、北海道や岐阜、埼玉、東村山などなど、だいたい2年おきに各支局を移動されていたそうで、取材をされるときは、現地の言葉に合わせて話されるために、いまでは、各地の訛りがミックスされて、どこの人かわからない訛りになってしまったらしいです。そんな、今年の2月から相模原支局長になられた金成さんに、他の地域と相模原市の違いをお聞きすると、一番驚かれたことは、読売新聞が相模原市の多くの世帯で購読されていること!だったそうです。例えば、岐阜では、中日新聞が地域で最も有名で売れている新聞らしく、読売新聞の記者は取材先ではどことなく肩身が狭かったそうです。各地方での地元紙の存在感は、ずっと首都圏に住んでいる私には、実感として、なかなかわからないですが、地方と大都市圏での全国紙の認知度と存在感は、それくらい違うものらしいです。

新聞は、デジタル情報と違い、紙面がずっと残るものなので、真実をより慎重に、誤りがないように報道することに細心の注意を払い、裏付けとなる資料を調べ尽くして、より確かな情報のみを提供するように心がけているとのこと。情報化社会だからこそ、その基準となるべき新聞の確かな情報が必要だと話されていました。

新聞はやはり情報の基本ですね。幅広いジャンルの確かな情報が得られる媒体ですから、私自身は、ネット上で様々なレベルの情報が氾濫する現代における新聞の価値を今一度、見直したいと思っています。金成さん、ありがとうございました!
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by icarts | 2012-05-12 19:10 | 対話のかたち
ピーター・バラカンさんのDJライブとお食事会
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本日は、ピーター・バラカンさんのDJライブを東京YWCA武蔵野会館で堪能。ブロードキャスターとして、また音楽評論家として有名なピーター・バラカンさん。「女の歌」と題された今回のDJライブではたくさんの素敵な曲が紹介されました。素晴らしい音楽は美術と同様に、心に栄養を与えてくれます。
そしてDJライブ終了後は、バラカンさんを囲んでのお食事会。会場は、JR三鷹駅北口近くの「夢は正夢」という創作料理屋さん。こだわりのオーガニック野菜と産地直送の旬なお魚、そして厳選された日本酒や焼酎が楽しめるお店です。私も、YWCAの外山真理さんのお声がけのもと集まったそれぞれ異なるジャンルに精通する方々とご一緒させていただきました。なかでも、社会学者であり、ジェンダー研究で知られる上野千鶴子先生は、普段の会話のなかにも、女性への正当な評価や報酬に対する提言がユーモアを交えてなされていて、さすがは第一人者だと感じました。これからは、どの分野においても、「つながり」が大きなキーワードになるかと思いますが、それには、これまでよりもさらに女性のしなやかなパワーが必要になるはずです。能力ある女性が各分野に積極的に進出すること、そしてその働きに対する正当な評価が行なわれることが急務だと改めて実感しました。今夜は外山さんの人徳が成せる有意義で楽しい会となりました。皆さん、素敵なひとときをありがとうございました。
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by icarts | 2011-10-02 00:35 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-10
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 10
- アイ・シー・アーツ 3 -

c0018281_21413364.jpg◆ 太田 : GALLERY MoMo以外の企画画廊では、大阪のギャラリーほそかわや倉敷の工房IKUKOでも個展をしましたよね。それから、グループ展では、渋谷のBunkamura Galleryや中国は北京のPYO BEIJINGでのグループ展などにも出品しましたね。販売を前提とした作品展示に限っても、いろいろなところで展覧会をしてきましたよね。
◇ 大谷 : そうでしたね。私はどこか特定の画廊に所属しているわけではないので、発表活動に特別な制約があるわけではありませんからね。太田さんに、私とそれぞれの画廊との橋渡しをしてもらって、様々な場所で展覧会ができるのが楽しいですし、作品を制作する上でもおおいに刺激になりますね。いろんな人との出会いもありますし。この部分が太田さんにアーティスト・マネージメントをお願いしているメリットのひとつだと思っています。太田さんにいろいろと無理を言う時もありますが・・・。
◆ 太田 : 私の立場としては、大谷さんの代理人として、相手方の画廊といろいろな条件を詰めることがまずひとつ。それから、私自身長い間、画廊に勤めていましたので、画廊側の要望もできる限り叶えたいと思っていますので、時には大谷さんを説得することもありますよね。結局、大谷さんの要望と画廊側の要望を高い次元でマッチングすることが展覧会を成功に導くためのカギだと思っていて、それを常に心がけています。
c0018281_21324338.jpg◇ 大谷 : 確かにそうですね。これからも素晴らしいマッチングをお願いします。(笑)
◆ 太田 : わかりました。そのあたりのことは任せてください。
◇ 大谷 : 常々、いろいろな場所で作品を展示したいと思いつつも、最近は、MoMoと第一生命での個展が短い間隔で定期的にあったので、他の場所で個展をすることは現実的には難しかったですよね・・・。
◆ 太田 : そうですね。MoMoではここ6年間、毎年個展をやってましたし、第一生命ギャラリーでは、ここ3年は隔年で個展を開催していたので、それだけでもいっぱいいっぱいな感じでしたよね。でも、これからは、第一生命ギャラリーでの個展は今年の秋に開催する個展が、第一生命の規定で、ラストになりますし、MoMoでの個展も次は2年半後の2011年の秋の予定だから、少し時間的な余裕ができますね。
◇ 大谷 : ちょっと一息つけるような気がしますが、何かこれまでできなかった実験的なことをしたり、どこか別の新たな場所で作品を発表したいような気もしますね~。
c0018281_21283425.jpg◆ 太田 : そうですね、いろいろ考えられますね。全く新たな会場で個展をするのも気分が変わっていいかもしれないですね。今秋・10月の第一生命ギャラリーでの最後の個展が終わったら、じっくり考えてみましょう。それから、何か、ウェブサイト「大谷有花・アートテラス」を利用した企画を考えてみるのもいいかもしれません。
◇ 大谷 : そうですね。ワクワクするような、何か新しいことにチャレンジしてみたいですね。


これで<対話のかたち vol. 1> はひとまず終了です。言葉のやりとりである会話を文章化して、ブログとしてアップできるようにまとめるのは意外とたいへんです。。。

今年10月5日(月)から、東京・日比谷の第一生命ギャラリーで個展を開催予定ですが、その前に、7月11日(土)から、東京・六本木のGALLERY MoMo Roppongiで始まるグループ展「Hop Step Jump」に出品予定です。前回の5月の個展であまり出品できなかった小品を出品する予定ですので、こちらもお楽しみに!
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by icarts | 2009-06-23 21:40 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-9
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 9
- アイ・シー・アーツ 2 -

c0018281_18392885.jpg◆ 太田 : 大谷さんは、毎年毎年、個展にきっちりテーマを設定して、常に新しい絵画表現にチャレンジしてきましたよね。常に前回の個展とは違う何かを、例えば、観る人にとっての新鮮な驚きとか楽しみを、提供してきたと思います。でも、決して、芯はブレていない。どの展覧会を観ても、やはり大谷有花の個展なんですよね。毎年毎年、そういうことができる作家はなかなかいないと思いますよ。
◇ 大谷 : 確かに、この6年間、ずっと走り続けてきたという感じはしますね。ひとつには、GALLERY MoMoがコレクターさんが始めた全く新規の画廊だったということもあり、私の個展で少しでもGALLERY MoMoをいろんな意味で盛り上げようと思っていましたからね。
c0018281_18403458.jpg◆ 太田 : 確かに、その効果はあったと思いますね。大谷さんが個展をやっている画廊ということで、GALLERY MoMoの存在を知ったコレクターさんや美術関係者はかなり多いですからね。
◇ 大谷 : 振り返ってみると、MoMoでの個展を含めて、この6年間だけでも、30以上の様々な展覧会に作品を出品しているんですね。多くの作品を制作する必要があったはずですよね~。でも、私ひとりの力ではそんなに数多くの展覧会をこなすことはできなかったと思います。やはり、太田さんの力強いサポートがあったからこそだと思います。
c0018281_18413654.jpg◆ 太田 : いえいえ、これまで数多くの作品を制作し、精力的に発表してきたのは、やはり、大谷さんの才能と努力があったからだと思います。それは間違いない。でも、才能と努力があっても、作家は毎日、作品を制作するだけでも本当にたいへんですよね。日々、魂を削るようなものですからね。もしその上に、それぞれの展覧会に関わる交渉事やいろいろな雑事を作家ひとりでこなしていかなければならないとなると、そういう馴れないことでかなり神経をすり減らしてしまいますよね。制作に充てるべき貴重な時間も、そうしたことのために割かなければなりませんしね。そうなると、人の心を揺さぶるような本当にいい作品を作ることはなかなか難しくなると思います。私は、作家ができる限り、作品制作のみに集中できる環境を提供することが、アーティスト・マネージメントの真髄だと思っています。
◇ 大谷 : 確かにその通りだと思います。特に若くていろんな経験が少ない作家ほど、業界のことをよく知らないですから、右往左往してしまうんですよね。そんな若手の作家にこそ、アート業界に精通した人のサポートが必要だと感じますね。
c0018281_18424820.jpg◆ 太田 : 大谷さんも駆け出しの頃は、この業界のことをあまり詳しく知らなかったですよね。最近は画廊によっては、所属作家のアーティスト・マネージメント的なことをしていると聞きますが、その画廊自身は、画廊と作家との間にある問題については第三者ではないわけですから、中立な立場に立って、この部分の問題をクリアにすることはできないですよね。また、作家の数が多いと、個々の作家の細かい要望にまでは手が回らないみたいですね。
◇ 大谷 : そうでしょうね。アート業界に精通しているだけではなく、作家とのしっかりした信頼関係がないとできない仕事ですしね。

<対話のかたち vol. 1-10> につづく・・・
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by icarts | 2009-06-21 18:49 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-8
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 8
- アイ・シー・アーツ 1 -

c0018281_9151657.jpg◆ 太田 : 大谷さんは、ちょうどその頃、2003~04年にかけては、府中市美術館で公開制作と個展(公開制作の関連企画 : 府中市美術館市民ギャラリーにて)をしたり、群馬県立近代美術館での「日常の変貌」展(出品作家 : 会田誠、大谷有花、鷹野隆大、平川典俊)や多摩美術大学美術館での「四批評の交差」展(多摩美の4人の教授陣 : 峯村敏明、本江邦夫、建畠晢、椹木野衣の各氏が、それぞれの視点で出品作家を推薦した展覧会)のための作品制作などで、とても忙しかったんですよね。GALLERY MoMoの杉田さんから、六本木に画廊をオープンしたので個展をしませんかというお話が来たのも、その頃で、私が大谷さんのアーティスト・マネージメントを本格的に担当するようになってすぐの時期だったんですよね。
c0018281_916539.jpg◇ 大谷 : 確か、そうでしたよね~。NICAF 2003に出品したあの小さな立体作品がもたらしてくれたご縁ですよね~。
c0018281_9162752.jpg◆ 太田 : そのGALLERY MoMo(現在のGALLERY MoMo Roppongi)での初めての個展は、2004年の5月でしたね。「大谷有花展 -relax-」という展覧会タイトルで、マガジンハウスのインテリア系の雑誌「CasaBRUTUS」に、3ヶ月間に渡り掲載された3作品を中心に展示して、たいへん好評でしたよね。
c0018281_916433.jpg◇ 大谷 : そうでした。「リラックス」展は、もうすっかり懐かしい感じがしますね~。その後、毎年5月に、MoMoで個展を開催することが恒例になりましたからね。第1回目の「リラックス」から「マインドスケープ」、「フェアー」、「ピクニック」、「ピース」、そして両国に新たに開設されたGALLERY MoMo Ryogokuで、今年2009年に開催した「ライフ」まで、計6回になりますね。

<対話のかたち vol. 1-9> につづく・・・
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by icarts | 2009-06-20 09:23 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-7
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 7
- 独立 -

◇ 大谷 : カサハラ画廊の閉廊と同時に、太田さんは独立するわけですが、その当時の心境はどんな感じでした?
c0018281_1102516.jpg◆ 太田 : 私をはじめ、画廊のスタッフにとっても、カサハラ画廊の閉廊は突然のことでしたので、皆、驚き、戸惑いましたね~。しかし、私自身は、いずれ独立して、この業界で自分のやりたいことを自由にやってみたいと常々思っていましたので、カサハラ画廊の閉廊はちょうどいいきっかけになったと思います。
◇ 大谷 : やはり、画廊の一スタッフという立場と独立して自分の意志で動くという立場とでは、全然違うものなのでしょうね?
◆ 太田 : もちろん全然違いますね。画廊に勤めている以上は、その画廊で扱っている作品を、たとえ自分が好きでなくても、なんとかしてお客さまに勧めなくてはいけません。毎月、ちゃんと給料をもらえるわけですから、当然のことでもあります。一方、独立して自分でやるということは、本当に自分が素晴らしいと思う作家や作品だけを扱うことができます。もちろん、自分の美意識に忠実であればあるほど、収入は不安定になりますが、その分、とてもやりがいはありますね。ようするに、作家さんと同じような立場になったということですよね。大谷さんはカサハラ画廊が閉廊するという知らせを聞いてどうでした?
c0018281_1120445.jpg◇ 大谷 : う~ん、そうですね。カサハラ画廊がこれから若手作家の紹介を始めようとしていた矢先でしたし、もし続けていたら、たぶん、新たなカサハラ画廊を今日、見ることができたのではと思います。カサハラ画廊では、豊富なキャリアと実力のある作家さんたちが個展をしていましたから、その中に交じって発表する若手作家は、大先輩方から、いろんな話が聞けたでしょうし、勉強にも刺激にもなったと思います。若手の作家にとっては、かなり恵まれた環境が、たぶん、そこにはあったはずですから。私は、短い間ではありましたが、カサハラ画廊に出入りさせてもらう中で、大先輩の作家さんと親しく接する機会があったので、とても幸運だと思っています。時には、お酒の席にご一緒させてもらったりしましたし。
◆ 太田 : カサハラ画廊の作家さんは、なぜか、お酒が好きな人が本当に多かったですからね。(笑)
c0018281_11202369.jpg◇ 大谷 : 元永定正さんや山田正亮さんや菊畑茂久馬さんたちは、当時すでに、皆さん70~80歳くらいだったのに、とてもエネルギッシュで眼光鋭く、感覚も若かったですよね。おじいちゃんと孫くらいの年齢差がある私よりも元気なんじゃないかと感じましたよ。やはり、その年齢まで作品を作り続けてきた人たちには、アートの世界に残ってきた自信と凄みや説得力みたいなものがあって、それをすぐそばで感じるのが本当に楽しかったです。そんなカサハラ画廊がスペースを閉じたことによって、私自身は作品発表の場を急に失うことになったわけですが、不思議と焦りはありませんでしたね。プロの作家を志した段階で、作家を続けていく中で降りかかるいろんなリスクは覚悟していましたから。それと、幸いなことに、すぐに太田さんにアーティスト・マネージメントを担当してもらえることになったので、大きな不安を感じることはなかったんだと思います。

<対話のかたち vol. 1-8> につづく・・・
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by icarts | 2009-06-19 11:24 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-6
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 6
- カサハラ画廊 3 -

◆ 太田 : 現在のアートフェア東京の前身であるNICAF(ニカフ)でも、2003年にカサハラ画廊のブースで、版画家の山本容子さんと並んで、個展をしましたよね。あの展示もとても好評でした。作品もほぼ完売でしたしね。
c0018281_10441423.jpg◇ 大谷 : そうですね。とても広いブースを与えてもらったんですよね。当時、駆け出しの作家だった私にとっては、細かいことを考えず、思う存分にスペースを使ってくださいね、という環境でのびのびやらせていただけたので、本当にありがたかったです。でも、その時はまったく知らなかったのですが、ブース代がすごく高かったようですね。作品が完売しても赤字だったみたいで、恐縮しました。(笑)
◆ 太田 : 笠原さんはそういう太っ腹なところがありましたね。(笑)GALLERY MoMoの杉田さんはその当時、コレクターさんで、そのNICAFで大谷さんの立体作品「ウサギねずみ」を買っていただいたんですよね。
◇ 大谷 : 娘のモモちゃんが私の立体作品を気に入ってくれたみたいですね。いま、GALLERY MoMoで展覧会をしてるのは、これがご縁ですものね。
c0018281_104515100.jpg◆ 太田 : もし、この時、杉田さんが大谷さんの作品を買われていなかったら、MoMoでの「大谷有花展」は、たぶん、なかったでしょうし、GALLERY MoMoの画廊としての形態も、今とは違っていたかもしれませんね。
◇ 大谷 : 結局、カサハラ画廊は1999年から2002年までの3年間だけ、東京・京橋の南天子画廊の上階(現在のASK? art space kimuraがある場所)にあったんですよね?
◆ 太田 : そうです。大谷さんの個展が、東京での最後の展覧会になりました。その後、また大阪に移転となるのですが、大阪に戻って1年もしないうちに画廊を閉めることになったのです。
◇ 大谷 : その前に、大阪で30周年記念のパーティーがありましたよね。あのパーティーがかなり盛大だっただけに、そのわずか数か月後に、ある日突然、カサハラ画廊が閉廊するって聞いたので、とても驚きましたよ。何かあったのですか?
c0018281_10445899.jpg◆ 太田 : 常日頃から、どんなことでも異常に決断の早い人でしたからね。いい意味でも、悪い意味でも・・・。結局のところは、私にもよくわかりませんが、画廊の経営上、先行きが急速に不透明になってきたことと、開廊当時から、「歴史の評価に耐える作品の紹介」を標榜してきた笠原さんが質の高い作家による質の高い展覧会をずっとこの先も続けていくことに疲れたからじゃないでしょうかね。プロ野球選手が引退する時に、「バットを置く」と言いますが、笠原さん本人は、まさにそんな心境だったのかもしれませんね。

<対話のかたち vol. 1-7> につづく・・・
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by icarts | 2009-06-18 11:17 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-5
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 5
- カサハラ画廊 2 -

◇ 大谷 : 太田さんはイサム・ノグチに会ったことはあるのですか?
◆ 太田 : それが残念ながら、私がカサハラ画廊に入る1年半ほど前に、風邪をこじらせたのが原因で急逝されていたので、お会いできなかったです。
◇ 大谷 : そうですか、それは残念でしたね。
c0018281_9565626.jpg◆ 太田 : でも、画廊にはイサムさんの作品がたくさんあって、それらの緊張感のある作品に、文字通り、触れることができたことは幸せな経験だったと思います。それから、彫刻界の巨匠といえば、画廊に入ってすぐに、アンソニー・カロの個展がありました。カロさんご一行をドキドキしながら、空港までクルマで迎えに行った日のことを、昨日のことのように、よく覚えています。
◇ 大谷 : アンソニー・カロといえば、1995年に東京都現代美術館で大規模な回顧展がありましたよね。確か、建築家の安藤忠雄さんが会場構成を担当されたんですよね。カロさんはどんな感じの人でしたか? 
◆ 太田 : カロさんは、柔和な中にも凛とした気品が漂う英国紳士で、当時すでに、巨匠オーラのようなものを強く感じましたね。もちろん、作品もとても素晴らしかったです。
◇ 大谷 : カサハラ画廊では、どんな日本人作家を扱っていたのですか?
◆ 太田 : 関西の画廊ですから、元永定正さんや白髪一雄さん、田中敦子さんなど具体美術協会の作家さんたちや、他には山田正亮さんや菊畑茂久馬さん、現代陶芸の八木一夫さんや金子潤さんなど、当時すでに十分なキャリアのある現代美術家が多かったですね。それから、知らない人も多いですが、カサハラ画廊では、「大谷有花展」 も開催してるんですよね。
c0018281_9573561.jpg◇ 大谷 : そうなんですね~。2002年ですから、もう7年前のことですよね。
◆ 太田 : カサハラ画廊が、大阪から東京の京橋に移転して数年経った頃、そろそろ若手の作家も徐々に扱わないといけないということで、当時まだ多摩美の大学院生だった大谷さんに白羽の矢が立ったんですよね。
◇ 大谷 : 私は大学の先生からカサハラ画廊で展覧会をやってみないかというお話をいただき、初めは戸惑っていたのですが、カサハラ画廊がどんな画廊かがわかり、これはまたとないチャンスだと思い、お受けしました。純粋な企画画廊での個展は初めてだったので、すごく緊張しましたね~。その当時の緊張感や充実感は今でもよく覚えています。
c0018281_9575818.jpg◆ 太田 : 私も、カサハラ画廊ではそれまで20代の若い作家の展覧会をしたことがなかったので、どうなることかと思っていましたが、展示はとても好評でしたね。大谷さんがまだVOCA奨励賞をもらう前のことですよね。
◇ 大谷 : この展覧会がきっかけで、VOCA展に推薦していただいたり、美術館での企画展への出品のお話をいただいたりしました。このカサハラ画廊での個展は、私にとって、とても重要な展覧会だったと、今更ながら思いますね。この時に、太田さんとも知り合うことができたわけですしね。

<対話のかたち vol. 1-6> につづく・・・
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by icarts | 2009-06-17 10:06 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-4
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 4
- カサハラ画廊 1 -

◆ 太田 : それでも大学までは普通だったのですが、それからちょっとデザインの勉強をして、デザイナーとして広告代理店に入ったのですが、それでもあきたらず、もっと本格的にアートに携わる仕事がしたいと思っていました。 そんな折に、当時、大阪にあったカサハラ画廊という画廊の求人広告を朝日新聞で見て、応募したのが、この業界に入ったきっかけです。
c0018281_9564470.jpg◇ 大谷 : その当時、太田さんはおいくつでした?
◆ 太田 : 画廊に入ったのは、1990年で、当時、私は24歳でした。もう19年も前のことになりますね。
◇ 大谷 : カサハラ画廊のことは、今の若い作家さんやコレクターさんの中には、全然知らない方も多いかもしれませんね。
◆ 太田 : そうですね。もともと大阪の画廊ですし、もう6年前に閉廊しましたからね。
◇ 大谷 : キャリアのある作家さんやコレクターの方々には、馴染みのある画廊だったようで、今でも、いい画廊だったとおっしゃる方が多いですよ。
◆ 太田 : 個性的なオーナーだったので、皆さん、いろんな意味で記憶に残っているのでしょう。
c0018281_11313955.jpg◇ 大谷 : カサハラ画廊と言えば、やはり、イサム・ノグチですよね!
◆ 太田 : オーナーの笠原さんは立体作品が好きだったようで、ヘンリー・ムアやアンソニー・カロ、ジョージ・リッキーなども扱ってました。特に、晩年のイサム・ノグチとはビジネス・パートナーとして、相思相愛だったみたいで、イサムさんは、日本の画廊では、カサハラ画廊でしか個展をしていないんじゃないかな。もともと、イサムさんは画廊嫌いだったみたいですから。でも、なぜか、笠原さんだけは気に入られたみたいですね。たぶん、当時すでに高額だったイサムさんの作品をがんばってよく売ったからなのでしょうね。

<対話のかたち vol. 1-5> につづく・・・
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by icarts | 2009-06-16 10:04 | 対話のかたち
対話のかたち vol. 1-3
I.C.Arts (アイ・シー・アーツ) 太田善規さんとの対話 3
- 美意識 -

◇ 大谷 : 藤ノ木古墳はいつぐらいに造られた古墳なのですか?
◆ 太田 : 6世紀後半に築造された古墳らしいですが、被葬者はまだはっきりしていないみたいです。
c0018281_10153510.jpg◇ 大谷 : 法隆寺が建立されたのは607年と習った記憶がありますが、藤ノ木古墳が造られたのはそれより少し前ということなんですね。
◆ 太田 : 今のところの調査では、そういうことみたいです。
◇ 大谷 : それにしても、今から1400年以上も前のことですものね。江戸時代などはつい最近と思えるくらいすごい時間の流れですね。奈良や京都には、至るところに寺社仏閣があって、第一級の仏教建築や仏教美術が常に目に触れるところにありますよね。そんな環境の中で生まれ育った人たちは基本的に美意識が高い人が多いのではないかと思います。そんな伝統文化が息づく斑鳩の里で生まれ育った太田さんが、アートの業界に入ることになったきっかけというか、経緯を簡単に教えてください。
c0018281_10151330.jpg◆ 太田 : 私の実家は決して裕福ではなかったけど、小さい頃から絵画や書道を習わせてもらっていました。それらの習い事は美意識や美感を養うためにおおいに役立ったと思いますし、今日に至る伏線だったようにも思います。中学校に入学した時には、お祝いに一眼レフカメラを買ってもらって、すぐに写真部に入りました。今から思えば、これがアートに関心を持つ直接のきっかけだったのかもしれません。各地の美術館にいろいろな展覧会を観に行ったりし始めたのもこの頃からだったと思います。少年の頃から写真や絵画やデザインに人一倍強い関心がありましたね。

<対話のかたち vol. 1-4> につづく・・・
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by icarts | 2009-06-15 10:21 | 対話のかたち